« 2011年06月 | TOPページ | 2011年08月 »

2011年07月01日
「勝ち抜く力」
■ミミメッセージ

7月になりました。一気に真夏モードに突入です。
海や山・・・アウトドアスポーツの季節です。

 水泳は1年中出来るスポーツになりましたが、ミミ先生が現役のころは、室内プールは殆どありませんでした。冬は温泉地にある温泉プールで泳ぎ、春には屋外プールの冷たい水の中で必死に泳いでいました。

 水泳人生のスタートは、14歳の時、特別枠で参加した岡山国体でした。成人の部に出場し、日本の3位になりました。水泳を本格的に始めて、僅か1年ちょっとである。地元岡山の山陽新聞に「木原美知子!!天才少女現れる!!」と大きく載り、知らない人から声を掛けられるようになりました。そして2年後に開催される東京オリンピックの候補選手となり、ミミ先生の生活がガラッと変わりました。

 中学生のミミ先生は無我夢中でした。親元を離れた合宿生活が始まり、案の定ホームシックになり、泣きながら岡山のお母さんに電話しました。お母さんは「みっちゃんなら出来るよ。みっちゃんを信じているよ」と大きな愛で励ましてくれました。
「辛かったら、帰って来なさい」は一切ありませんでした。母も母で同じように戦ってくれていたのです。

 きついのは練習だけではありません。中学3年の時、オーストラリア遠征に参加しました。初めての海外旅行で気分はウキウキでした。しかしそのとき、何と脚気になってしまったのです。食事と練習量のバランスが崩れ、栄養失調状態。いつもめまいがして、眠くて疲労が消えないような身体でした。原因は明らかでした。
 当時、ミミ先生はお肉が嫌い、牛乳、チーズが食べられないという、オリンピック選手としては最悪なタイプだったのです。
 監督やコーチから言われたことが、大人になっても胸の奧に響いていたそうです。
 「食べることが一流でなければ一流の選手にはなれない」つまりその状態では、オリンピックは目指せないということです。
 確かにそうだと感じたのは、その日の夕食時。ローマオリンピックのメダリストで、ミミ先生の憧れ田中聰子さんの食事の仕方を見ていたら、それはそれは見事でした。先ずはみんなでいただく大皿から素早くいただき、自分専用の小皿はゆっくり食べる。好き嫌いが全くない。ミミ先生が大皿に手を伸ばしたときには何も残っていない。頭で食べなければと思っても何も残っていない。それでは戦える体力なんて程遠かった。

 岡山に戻ったとき、お母さんは栄養士に徹してくれました。どうにか食べられる鶏肉が週3回出て、野菜中心でしたが、植物性タンパク質を多く摂ることを心がけてくれたのです。
 自分自身の努力もありましたが、周りの大人にも恵まれて、勝ち抜く力や、戦える精神力を自然と身につけられる術を中学時代に養ったのです。
 7月24日からは、中国の上海で世界水泳が開催されます。北島選手、入江選手、古賀選手などメダルの楽しみなレースもあります。一流選手として、勝ち抜いてきた日本代表の熱い戦いをみんなで応援しましょう。

暑い夏!!節電の夏!!
水分をしっかり摂って、太陽に負けないくらい元気に、さぁ泳ぎましょう!!