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■ミミメッセージ
生で観る醍醐味

 横綱・朝青龍関が20回目の優勝を果たした1月場所。久しぶりに国技館へと足を運びました。私自身が個人競技の出身だったからでしょうか。どちらかというと、野球のような団体スポーツよりも相撲のほうが好きで、毎場所、テレビのスポーツニュースで勝敗をチェックしているほどです。でも、観戦に出かけたのは本当に数年ぶり。好きな力士といいますか、お父様のころから応援していたので、栃東関にはたいへん思い入れがあります。
 大関になられたときはとても嬉しく感じたものでした。ただ、今場所はケガが完治しないまま出場したためか、不本意な成績で終わってしまったのが残念です。
 ケガといえば、どんな競技でも上位に行けばいくほど、ケガは切り離せなくなってきます。大相撲も大きな力士が直径5メートル55センチという狭い土俵のなかでぶつかりあうのですから、もちろん避けられません。力士の多くが身体のどこかにテーピングを巻いていることからもわかります。しかし、このテーピング、いつ頃から相撲界にも浸透してきたのでしょうか? 先代若乃花、栃錦の両横綱をはじめとして、ひとむかし前の力士たちは、テーピングをして土俵にあがることはありませんでした。相撲はふんどし一つというほぼ裸に近い格好で行なう競技ですから、きれいな身体で神聖な土俵にあがるのは当たり前だったからです。テープを巻くなどといったことは、むしろ恥ずかしいことと捉えられていました。こうした精神がいつしか忘れられていき、テーピング姿が当たり前になってしまったのは、同じように裸に近いスタイルでスポーツをしているものとして、少し残念に思いました。


 ともあれ、久しぶりに目の前で観た相撲には、テレビではわからないたくさんの良さがありました。まず、力士たちが発する気迫。四股を踏むごとに気持ちが高まっていくのでしょう。仕切りの時間いっぱいが近づくにつれ、
力士たちの肌がきれいなピンク色になっていく、その美しさ。また、花道の入り口で四股を踏んだり、土俵下でじっと目をつぶって精神を集中する姿など、テレビの前で観ているだけではわからない、さまざまな様子を目の
前で観ること。ここにはテレビのような解説こそありませんが、言葉などいらない迫力やおもしろさがあるのだと、改めて感じさせられました。
 そんななかで今回、特に目が離せなかったのが、横綱・朝青龍関です。結びの一番が近づいて土俵下に入り、座っているときから、横綱は少しずつ気持ちを高めていくように両肩を軽く動かし、手首のストレッチをします。呼び出しに呼ばれ、土俵に上がると、今度はキュッキュッと5本の指で確かめるように、土俵を力強く足でなぞります。仕切りではぐっと相手を睨みつけ、時間いっぱいになると、左手でポーンと回しを叩いてからくるっと回転するように仕切り線に向かう。こうした横綱なりの儀式の一つひとつが実にきれいで、プロとして、横綱として、朝青龍関がどれほど一つひとつの土俵に真剣にあがっているのか、感じさせられました。自分を知り、高め、勝利への強い意志を持ち続けてきたことが、20回というすばらしい優勝回数につながっているのでしょう。その姿に、桟敷で観ていた私はとても興奮させられました。
 生で観戦する醍醐味と、プロとしての姿勢をまざまざと見せられた1月場所。しばらくは朝青龍関に釘付けとなりそうです。

木原光知子
ミミスイミングクラブ代表


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