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■ミミメッセージ
若いときこそ悔しさを経験しよう

 オーストラリア・メルボルンで世界水泳選手権が開催されました。テレビでも放映されていましたが、みなさんご覧になりましたでしょうか? 大会の内容はともかく、オーストラリアと聞くといつも私の胸には、キュンとなるような、とても懐かしく、そしてせつない気持ちがこみ上げてきます。この地が私にとって初めての海外遠征先であり、悔しい思いを体験したところだからです。
 昭和38年、地元で開催された岡山国体(国民体育大会)に中学生でありながら、一般の部に出場。100M背泳ぎで3位となった私は東京オリンピックの代表候補に選ばれ、向かったのが豪州選手権でした。真冬の羽田空港からプロペラ機に乗って着いたオーストラリアは夏。数時間の空の旅で、季節が正反対なら日常生活も汲取トイレと♨五右衛門風呂から、いきなり蛇口をひねればお湯が出る世界へ来たのですから、中学3年生だった私のカルチャーショックは相当なものでした。金髪に青い目の人を見るのも初めてなら、芝生のある家、フォークとナイフの食事も初めてと、見るもの、聞くこと、食べるもの、すべてが驚きの連続だったのです。そんな状況ですから、大きな外国の選手たちに混ざって自分の泳ぎをするなど、できるはずがありません。緊張しすぎて、どんな泳ぎをしたのか、まったく覚えていないのです。水を飲んだということだけが唯一の記憶です。すべてに圧倒され、上には上がいることを感じさせられた、海外戦デビューでした。
 こうしてさまざまなショックを抱えて私は日本に帰ってきたのですが、そこで待っていたのは厳しい大人の社会でした。飛行機のタラップを降りるところで選手たちは並び、マスコミが一斉にシャッターを切ったのですが、翌日掲載された写真には私の顔は半分しか映っていませんでした。このときの屈辱感といったら! 岡山では『天才少女、現れる』といった見出しで紹介され、初めて東京へ出てきたときは、両親や祖母が紋付袴に日の丸を振って送り出してくれたのに、大会から帰ってきたら顔もはっきりわからない代表の1人でしかなかったのです。本当に、悔しくて、悔しくて、たまりませんでした。あまりの悔しさに、「速く泳げるようになりたい。速く、速く」と、「速く」という文字を何十個もその日の日記に書きつづり、「次は絶対に写真の真ん中に入る」とかたく心に誓ったのでした。オーストラリアと聞くと、いまでもこうした気持ちがはっきりと思い出され、私の胸はキュンとなるのです。
 いよいよ4月。新しいシーズンの始まりです。入学式、クラス替えなど新しい環境に入る人たちも多いことでしょう。新しい世界にはさまざまなことが待っています。そのすべてがおもしろい、楽しいことばかりではありません。ときには嫌な思いをすることもあるでしょう。気持ちを傷つけられることも、一度や二度ではないかもしれません。でも、そこで投げ出さないでほしいのです。悔しかったら、その悔しさをバネに頑張ってください。若いうちの体験は必ず自分自身の成長につながります。私もこのオーストラリア遠征の体験があるから、いまがあると胸を張っていうことができます。若いときだからこそ、経験は実となり、なおかつ早くそこから立ち直ることができるのです。
 強い大人になるために、すてきな大人になるために、そして、いい選手となるために。悔しい体験から逃げないで、ぜひ、それをバネに頑張る強さを持ってください。

ミミスイミングクラブ代表
木原 光知子


<豆知識:五右衛門風呂>



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名前の由来は、豊臣秀吉が石川五右衛門をかまゆでの刑にしたという俗説から生まれました。カマドを築いて釜をのせ、その上に桶を取り付け、底板を浮き蓋とし、その板を踏み沈めて入浴します。カラダが釜に触れると熱くて子どもは苦手なお風呂でした。



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