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■ミミメッセージ
美しい泳ぎは成績に比例する
2008年08月01日

 待ちに待った8月になりました。北京オリンピックの開幕です! 世界中のトップアスリートが一堂に会して最高のパフォーマンスを披露してくれる、スポーツの祭典の始まりです。我が水泳陣は、日本選手団としていち早く北京入りしました。日本の選手はもちろん、世界の選手たちがどんな活躍を観せてくれるのか、本当に楽しみです。
 木原光知子は昨年、千葉で行なわれた世界競泳を観戦した際、競技成績と美しさは比例することを感じたそうです。水泳は薄い水着1枚というまさに自分の体ひとつで勝負するスポーツですから、どの選手も素晴らしい肉体の持ち主です。ムダのない筋肉、胸板の厚さ、スラリとした脚と、どこをとっても本当に美しい。それに加え、トップアスリートともなれば、泳ぎもまたとてもきれいです。「泳ぎの美しい順に並べたら、それが成績と重なるのではないか」と木原は言っていました。予選で敗退してしまった選手はどこかバランスの悪い泳ぎであったり、リズミカルでなかったりしたそうです。今回の北京でもきっと、もっとも美しい泳ぎをする選手が表彰台にあがるのではないでしょうか。そんなところを注目してオリンピックを観戦するのもまた面白いかもしれませんね。
 テレビで選手を応援したら、今度はあなたの番です。選手たちの美しい泳ぎをイメージしながら、さあ、元気に泳ぎましょう。

ミミスイミングクラブ

落書き事件を考える
2008年07月01日

 イタリアの大聖堂へのいたずら書きから端を発した落書き事件。テレビや新聞でこの第一報が伝えられると、世界中の名所・旧跡が被害にあっている様が次々と浮かび上がってきました。公共の場、次の世代に引き継いでいかなければならない人類の遺産へのこうした行為は残念でなりません。なぜ、こうした落書きが平気で行なわれているのか。ここを考えると、その背景にはやはり、教育のあり方が関わっているのではないかと思われます。
 木原光知子はこうした出来事が起こるたびに、教育の現場から『道徳』という科目が抜け落ちてしまったことを憂いていました。子どもたちの心とからだを正しく導く教師、人としての土台をつくる役割を果たす母親たちがむかしと変わってしまったのは、ここに問題があるのではないかと考えていたのです。そのなかでもっとも大きく子どもたちの成長に関わるのは“母親”であることを、もう一度しっかりと自覚してほしい、木原はいつもそう願っていました。母親の生き様、価値観など、あらゆることが子どもに伝わります。物事の善悪も、やはり母から子どもは教わるのです。そのことをいつも頭において、私たち女性は行動しなければいけませんね。
 そして、正しくあるためには、健やかなからだが必要です。心とからだをいつもバランスよく保つためには、なにより泳ぐことが一番です。
 さあ、泳ぎましょう!

ミミスイミングクラブ

立ち止まって、仕切り直しを
2008年06月01日

 ジメジメ、ムシムシとした梅雨のシーズンの到来です。洗濯物も乾きにくくて、嫌になってしまいますね。梅雨のうっとうしさと合わせて、6月の声を聞くともう一つ心をよぎるものがありませんか? そうです。1年の半分が過ぎてしまったということです。
 この時期を木原光知子は立ち止まって仕切り直す、1年の折り返しの月と言っていました。目標を持つことは大切ですが、人はいつしか日々の忙しさに流されてしまい、せっかく立てた目標も見失いがちだからです。この6月という1年の真ん中の月に、全力で走ってきたところをちょっと立ち止まり、力を抜いてみる。もう一度、自身のテーマや目標を見つめ直す。そうすることで、あっという間に過ぎてしまいがちな時間の流れを変え、後半の6ヶ月を有意義に過ごすことができるようになるにちがいないからです。
 みなさん、今年、どんな目標を立てましたか? それを実行できていますか?水泳ではどんなことを目標としたでしょう。目標に少しずつ近づいている人も、まったく実行できなかった人も、ここでひとまずひと区切り。気持ちも新たに、さあ、みなさん、泳ぎましょう。

ミミスイミングクラブ

母への感謝
2008年05月01日

 立夏のころとなりました。5月といってすぐに思い浮かぶのはゴールデンウィークです。そしてもう一つ、「母の日」があります。
 母・綾子さんは木原光知子にとって、切っても切り離せない人でした。母からもらった言葉、母の教え、母との思い出など、木原のメッセージには母から受けた影響がいつもそこかしこに光っていました。そんな数ある教えや言葉の一つに、「誕生日は人から祝ってもらうものではなく、この世にりっぱに生んでくれた母への感謝の日」という言葉があります。これは木原が成人して仕事に就いたとき、母から贈られた言葉だそうです。以来、この言葉を大切に、自身の誕生日である4月5日には毎年、母に感謝の贈り物をしていました。
 みなさん、日ごろ、お母さんに感謝の気持ちを表していますか? 「ありがとう」の言葉を贈っていますか? 照れくさくてなかなか言えない人には、5月11日の母の日はいいタイミングです。言えなかった言葉を伝えてみましょう。
プールに誘ってみるのもいいかもしれませんね。共通の趣味を持ては、きっと会話も弾むことでしょう。親子でスイミングを楽しんでいる方はたくさんいらっしゃいます。
 とにもかくにも、こうして元気に水と親しむことができるのは、この世に生み落としてくれたお母さんのおかげです。今日も感謝の気持ちを胸に、さあ、一緒に泳ぎましょう。

ミミスイミングクラブ

美しい身体をつくりましょう
2008年04月01日

 プロスポーツ界では08年のシーズンが開幕。オリンピックへのカウントダウンも始まり、さまざまな競技で“日本代表”の座をめぐる熱い戦いが繰り広げられています。たくさんのスポーツを生で観ることができる、まさに絶好の機会の到来です。スポーツはぜひ生で観てほしい。木原光知子はそう考えていました。会場に足を運んでこそ、スポーツの面白さ、すばらしさといった醍醐味がわかるからです。
 水泳もやはり会場で観ていただきたい競技です。その良さはたくさんありますが、たとえば身長、体重など、身体の大きさは関係のない水泳選手の資本は自分の身体だけ。それだけに、どの選手もとても美しい身体を持ち、きれいな泳ぎをします。しかも、その美しさは選手としての強さに比例することが、試合をずっと観ているとわかってきます。予選から決勝ラウンドにあがれない選手は、どこかバランスの悪い泳ぎをしていたり、リズムが悪かったりと、泳ぎがどこか美しくありません。しかし、優勝を争うような選手はみんなきれいな泳ぎをしているのです。泳ぎの美しさで並べたら成績と重なるのではないかと思うくらい、美しさと強さは大きく関係していることがわかります。そして、もちろんとてもきれいな身体の持ち主でもあります。日々の鍛錬が美しい泳ぎと、芸術的な身体を作り上げているのでしょう。
 みなさんもぜひ、会場に足を運び、選手たちの美しさに直に触れてみてください。そして、今度はご自身でその“美しさ”を手に入れてください。
 さあ、一緒に泳ぎましょう。

ミミスイミングクラブ

「人」という財産をつくりましょう
2008年03月01日

 春の訪れが感じられるようになってきました。花粉症の人には辛い季節ですが、街行く人のファッションが明るく、軽くなってくるようになると、やはり気持ちもどこかウキウキしてきますね。
 さて、そんな春は出会いと別れのシーズンでもあります。
 木原光知子は人との出会いをとても大切にしてきました。「お金を残すより、仕事を残すより、人を残す人間が上等だ」というのがモットーで、仕事と同様、ボランティアにも力を注いできました。ここにはたくさんの出会いがあり、そのひとつひとつの出会いが木原にとって「財産」だったからです。そして、その言葉通り、WSF(ウーマンズ・スイム・フェスティバル)やトータルオリンピックレディース会といった活動のなかで、競技を越え、世代を超え、さまざまな出会いがあり、人というかけがえのない財産を殖やしていきました。
 みなさんもぜひ、活動の幅を広げ、たくさんの人たちと出会い、人という財産を増やしていってください。
 プールももちろん出会いの場の一つです。水を通じて「縁」ができます。その縁が新しい世界を広げてくれるにちがいありません。
 だから、みなさん、今日も元気に泳ぎましょう!

ミミスイミングクラブ

チャレンジしましょう
2008年02月01日

 今年もまもなく東京マラソンが開催されます。市民マラソンですから、これを読んでくださっている方の中にも選手として出場される方がいらっしゃるのではないかと思います。
 木原光知子は常にチャレンジする気持ちを大切にしてきました。何かにチャレンジする前から「私にはムリだから」「もう年だから」と尻込みすることなく、まずはやってみる。行動を起こしてみる。それでダメだったらそれはそれで仕方がないこと。やる前からあきらめていては、何も始まらないと考えていたのです。それを改めて木原に感じさせてくれたのが、昨年、自分の中にある新たな可能性に挑戦しようとこの東京マラソンに出場した木原の知人たちでした。60歳を過ぎてのマラソン初挑戦や、自身のランナー人生の締めくくりにと走られた有森裕子さんに深い感銘を覚えたそうです。
 寒い毎日が続いていますが、ときは立春。春がもうそこまで来ています。今年の目標を立てた方、行動に移していますか? 何かを始めたいと思っている方、その何かを見つけましたか?
 行動を起こすには、やはり体力が必要です。しっかり泳いで、バランスのいい気持ちと体をつくっておくことがチャレンジへの第一歩。
 さあ、みなさん、泳ぎましょう。

ミミスイミングクラブ

新しい1年の始まりです
2008年01月01日

 明けましておめでとうございます。
 ミミスイミングクラブ創立者である木原光知子はたくさんのメッセージ、楽しく泳ぐための貴重なアドバイスを私たちに残してくれました。今年はその言葉を一つずつみなさまにお伝えしながら、そのアドバイスを一緒に考え、実行する1年としていきましょう。
 さて、新しい1年の始まりといえば、真っ先に行ないたいことが目標をたてることですね。2008年の目標はもう立てられましたか? 木原は夢や目標を持つことのすばらしさを体現してきた人間でした。小学校の卒業文集に書いた将来の夢は「私は水泳の選手になり、オリンピックに出てよい成績を残したい」。その実現に向けて努力した結果、16歳で東京五輪に出場し、400メートルメドレーリレーで4位入賞を果たしたからです。
 すべては夢を描くこと、それを現実にさせるための小さな目標をたて、実行することから始まります。ぜひ、夢を描いてみてください。どんな小さなことでもかまいません。それを実現するための目標をたててください。そして、実行してください。
 とはいえ、どんな目標であれ、それを実現させるためには健康なからだが必要です。それをつくってくれるのが「水」であり、水泳です。それぞれのゴールをめざして今年も1年、さあ、みなさん、元気に楽しく泳ぎましょう!

ミミスイミングクラブ

冬だから、さあ、泳ぎましょう!
2007年12月01日

 早いもので暦は12月となりました。半年ほど前のメッセージで、木原光知子は「1年の半分が過ぎてしまった。早すぎる」と苦笑し、みなさんに「ここでもう一度仕切り直しましょう」とお話していたことが、ついこの間のことのように思い起こされます。
 さて、12月の声を聞く頃になると、木原がいつも残念に思っていたことがありました。冬のプール離れです。
 寒くなると、人はどうしても温かい部屋から出たくないと考えます。暖房の行き届いたなかでぬくぬくと本を読んだり、テレビを見たり。こたつから手の届く範囲にすべてそろえておく、なんていう強者もいらっしゃるかもしれませんね。そんな状況ですから、夏のスポーツの代表格としてとらえられているスイミングにわざわざでかけていくなんて、と二の足を踏んでしまうという人は残念ながら少なくありません。
 でも、水泳が夏のものだなんていうのははるか昔のこと。今どきのプールは温かい室内、気持ちのいい温水で泳げる、寒さなど無縁の常夏の場所なのです。だから、冬こそ積極的に活用してほしいというのが木原の願いでした。
 寒さ厳しい季節。たくさんの衣類を着込んだ体は、その重さと寒さで体中の筋肉はがちがちです。寒さから逃れようと部屋に閉じこもれば、家族以外誰とも話をしなかったなんていうことになり、気持ちがふさいでしまいます。これでは体にも、心にも、いいわけがありません。
 そんな縮んだ心と体を解放してあげられるのがプールです。重いコートを脱いでプールに立てば、適度な湿気がのどをうるおしてくれます。プールに飛び込めば、冷えて乾燥した肌をやわらかな温水が包み込み、手足はのびのびと動き始めます。プールサイドで楽しい話に花を咲かせれば、心もまた解き放たれます。つまり、プールは冬のストレスを発散させる場所となってくれるのです。寒さを忘れて、のびのびと楽しく泳いで、風邪などひかない体をつくってほしい、それが木原の願いなのです。
 だからみなさん。
 冬こそ、さあ、泳ぎましょう!

さあ、泳ぎましょう!
2007年11月01日

 木原光知子がオリンピックという夢を描くきっかけとなったのは、オリンピック・ローマ大会で活躍した田中聡子(現姓/竹宇治)さんが映っていた1枚の写真でした。新聞に大きく取り上げられていたもので、その勇姿に「私もこんなふうになりたい」と思ったのでしょう。小学校6年生だったそうです。
それが木原と「水」との“縁”の始まりでした。
 夢を夢で終わらせないため、木原は来る日も来る日もひたすら泳いだといいます。その努力が実り、中学2年生で国体成年の部に出場して3位入賞を果たし、東京オリンピック選手に選ばれました。
 それからの人生には栄光と喜び、失望と挫折、そしてそこからの再起とさまざまな出来事がありました。しかし、どんなときでも木原とともにあり、木原を支えて続けたのが「水」でした。ときには喜びをかみしめて泳ぎ、ときには悔しさを秘めながら泳ぐ。毎日泳がないと調子が悪いというくらい、泳ぐことは木原の日常でした。
 だから、木原は常に「水」に対する感謝の気持ちを持っていました。その感謝の気持ちが、ミミスイミングクラブを続けてきた原動力でもありました。
「私にさまざまな恩恵を与えてくれた「水」に対し、私にできることで恩返しをしたい」それが木原の口癖でもありました。
 水泳は私たちに“健康”という財産をもたらしてくれます。“人との出会い”という縁を与えてくれます。そして、“楽しい”という気持ちを教えてくれます。「水」は私たちに“幸せ”を呼んでくれるのです。
 そしていま、「水」は木原が残してくれた大いなるメッセージとなりました。
 
だから、みなさん。
さあ、一緒に泳ぎましょう!

ミミスイミングクラブ

2007年11月メッセージ

選手にとって、24時間すべてが訓練の場であるということ
2007年10月01日

北京オリンピック開催まで1年を切り、スポーツ界ではカウントダウンが始まりました。この最高峰のスポーツの祭典でプレーするために、世界中のトップアスリートがいま、しのぎを削っています。
 こうしたアスリートたちがやらなければいけないことはさまざまありますが、その一つにあげられるのがコンディショニングです。いいプレーをするためには、試合当日に身体・技・心のすべてが、最高の状態でありたいからです。とはいえ、トップ選手ともなれば、試合当日だけではなく、試合時間にも合わせて調整を行ないます。それだけに、非常に微妙なのです。トップアスリートといっても、生身の人間。しっかりと準備していても、ほんのちょっとしたことで、調子が狂ってしまうからです。“試合の日よりも、翌日のほうが調子が良かった”なんてことが私自身にもありました。
 このように、最高のコンディションにもっていくためには、アスリートにとって日常生活を含めたすべてが練習やトレーニングの場になってきます。つまり、競泳の選手だから、プールで、トレーニングジムで鍛えていればいいというものではないのです。
 たとえば、スポーツ選手の資本といえば身体ですが、この身体は何でできていますか? そうです。私たちが毎日口にしている野菜や肉、ごはんや果物といった食べ物からできています。だから、何を食べるか、どう食べるか、ということがとても大切です。
 たとえば、パーティー。トップ選手ともなれば、パーティーに招待されるようなこともあります。そんなとき、見知らぬ人たちのなかで、どのように振る舞うか。あいさつの仕方、話し方、感謝の気持ちを表せるかどうか。こんなところも、やはり練習の場なのです。
 こうしたことから考えると、スポーツ選手にとって、どういう友だちとつきあうか、どんなところへ出かけるか、どういう人と会話をするか。練習場を離れてからも24時間、すべてが訓練の場になるのですね。そうして、それらの積み重ねが表彰台の台の高さの差に現れる。記録にすれば、それはレイコンマ1の差かもしれません。でも、表彰台というあきらかな差となって表れてくるのです。だから、選手たちはどれだけ練習しても悩むのかもしれません。私も45年間、泳いでいますが、未だにわかりませんし、また、わかる日が来ることは永遠にないと思っています。
 ミミスイミングクラブでも、記録会が近づいてきました。記録会は隣のレーンを泳ぐ人との戦いではありません。自分との闘いです。人がどう泳ぐか、何秒で泳ぐか、ではなく、自分がもてる最高のものを出す機会なのです。「記録会はドキドキする」のは当たりまえです。練習さえしていれば、結果はおのずと付いてきます。
「スタート」の合図がなったら、水の中ではおかあさんも助けてくれません。ゴールまで泳ぎきるには、これまでやってきたこと自分を信じるしかないのです。小さな大会ではありますが、ここを乗り越えれば、また一つ大きなものを得ることができるにちがいありません。みなさん、頑張りましょう。

ミミスイミングクラブ代表
木原 光知子

世界戦を観戦して感じたこと
2007年09月01日

 北京オリンピックがちょうど1年後に迫った今年の夏。世界のあちらこちらで、さまざまな競技の最高峰の戦い・世界大会が開かれています。
 そのうちの2つの競技会、世界競泳2007(インターナショナルスイムミート2007)と世界陸上2007が先月、ここ日本で開催され、私たちは世界の技をリアルタイムで体感する機会に恵まれました。現地で、またはテレビで、ご覧になった方も多いことでしょう。
 そこで、水泳は「金」6(男子5、女子1)、「銀」6(男子4、女子2)、「銅」6(男子3、女子3)の成績を獲得。陸上も「銅」1という成績をおさめました。しかしながら、メダルを期待された選手が次々に敗退。「みなさんに応援していただいたのに申し訳ない」と、選手は肩を落としていました。  
 どんな競技であれ、やはり日本の選手が活躍しなければ、大会は今ひとつ盛り上がりに欠けてしまいがちです。ですから、どの競技もメダルを獲ることを大切な使命としています。とはいえ、オリンピックを1年後に控えたこの時期は、すべての選手が神経質になっている時期。試合へ向けた調整は非常に難しくなってきます。オリンピックとなると、どこの国から、いったいどんな力を秘めた選手が出場してくるのか、まったくわからないからです。たとえば、私の先輩スイマーの田中(現/竹宇治)聡子さんは世界記録保持者であったにもかかわらず、東京オリンピックは4位の成績で終わりました。こんなことがあるから、どの選手も神経質になってしまうのです。
 ともあれ、そんな世界大会の一つ世界競泳を、私も4日間、観戦に行ってきました。
 誰がどんな活躍を見せてくれるのか、また、負ける選手はなぜ負けるのか、など、いろいろな視点で試合を観ましたが、なかでも今回とくに感じたのが、「水泳選手の身体の美しさ」でした。泳ぎ終えた選手のはだけた水着から見える身体は、なんてきれいなんでしょう! ムダのない筋肉、胸板の厚さ、スラリとした脚、どれをとっても、どの選手を見ても本当に美しく、思わずクラクラきてしまいました。
 そして、美しさということでいうと、トップスイマーといわれる選手たちは、泳ぎ方もきれいなのだということも今回、改めて感じさせられました。予選から試合を見ていると、それがはっきりわかります。決勝にあがれない選手というのは、どこかバランスの悪い泳ぎ方だったり、リズミカルでなかったり、といったようにどこか汚い泳ぎになっていますが、メダルを獲得する選手はみんなきれいにリズムよく泳ぐのです。たとえば、200m背泳ぎで優勝した入江陵介選手はその泳ぎから“バランス王子”といわれていますが、観客席から見ていると、プールに引かれた青いラインに、本当にきれいにのっていることがわかりました。本当に泳ぎが美しいのです。たぶん、泳ぎの美しい順に並べたら、それが成績と重なるのではないでしょうか。
 また、こうしたことがわかるから、やはり、試合はナマで観戦したほうがいいし、決勝だけではなく、予選からしっかり見ることが大切なのだと改めて思いました。
 そんな世界大会を観戦した後、私はプレゼンターとして、辰巳で行なわれたジュニアオリンピックに出席しました。そこで優勝したある選手が、私のおめでとうという言葉に、こんな言葉で返事をしてくれました。
「思い出に残る夏休みになりました。ありがとうございました」
 なんてりっぱな態度でしょう。
 こんな子どもたちにどんどん出てきてもらいたい。未来のオリンピック選手は、こうしたところから育って行くのだと、そんなことを感じた今年の夏でした。

ミミスイミングクラブ代表
木原 光知子

美しい国「日本」を実現させるために母親のみなさんにできること
2007年08月01日

「いまの日本は“美しい国・日本”ではなく、“恥ずかしい国・日本”だ」こうおっしゃった方がいました。
 その言葉のとおり、国の政に携わる政治家が失言をしてしまったり、子どもたちを育てる教育者、町の安全を守る警察関係の方々が事件を起こしたり、もっとも強い信頼関係で結ばれているはずの親子間で殺人が起きたり。近頃、普通の感覚では理解できない出来事がたくさん起こっています。そういったところから考えると、確かに、“恥ずかしい国”といわれてもしかたないのかもしれません。それにしても、どうしてこうしたことが次々と起こるようになってしまったのでしょうか。そこには、やはり、教育やしつけといったものが、変わってきてしまったことが関係していると思えてなりません。
 たとえば、失言を例に考えてみましょう。先頃また、原爆や認知症にかかわることで不用意な発言をされた政治家がいましたが、これら失言というものは、相手の立場になって考えれば、容易に避けられるものばかりです。自分が嫌だ、不愉快だと感じる言葉は、やはり相手も同じように感じるものだということ、言っていいことと悪いことがあること。こうしたことを、物心ついたころから反復して教わっていればわかることだからです。これを教えるのが私たち大人であり、母親です。ところが、最近のお母さんのなかには、小さいときからかわいい、かわいい、盲目の愛情を注ぐ方が多いようにみえます。確かに、ご自身がお腹を痛めて生んだ子です。誰よりもかわいい存在でしょう。でも、だからといって、このまま、子どものわがままを許していたらどうなると思いますか? 社会に出たとき、社会常識に対処することができなくなってしまいます。つまり、当たり前のことができない。この当たり前とはなんなのか。そこを教えるのが教育であり、母親の役目なのです。母親のかけた言葉、愛情で、子どもは育っていくのです。
 私の母はとても愛情深く、私を育ててくれました。同時に、厳しく鍛えてくれる人でもあり、いまもこの母には頭があがりません。そんな母でしたから、たくさんのことを私に教えてくれました。特に忘れられないのが、中学1年のときの出来事です。静岡で開かれた水泳の記録会でした。この大会に私は母に付き添ってもらって岡山からでかけていったのですが、この記録会では残念ながら1年上の選手が日本記録をだして勝者となりました。カメラのフラッシュを浴びる選手を見て、私はその選手に負けた悔しさよりも「トップになることは、すごいことだな!」という驚きの気持ちのほうが勝っていたと思います。そんな私を見て、母が帰り道、「日本一の富士山を見て帰ろう」といいました。
「富士山が見えるね。きれいだね。でも、なんできれいなんだと思う?」
 私はじっと富士山を眺め、答えました。
「土台がしっかりして、きれいな三角形を描いているから」
 すると、母はこう続けたのです。
「そうだね。じゃあ、水泳の大会でフラッシュを浴びるためにはどうしたらいいのか、あなたにはわかるでしょう」
 負けて悔しがっている私に、ただただ「頑張れ」というのではなく、自分で考えなさい、と。そして、あのフラッシュを浴びるためには、一生懸命考え、努力し、土台をしっかりと作りなさいと教えてくれたのです。この教えは、母と2人で眺めた富士山の姿とともに、いまもはっきり私の中に残っています。
 それほど、母親という存在は子どもにとって、重要なポジションを担っているのです。だからこそ、母親のみなさんには、親として子どもを守るばかりではなく、ときとして、子どもたちのカウンセラーであってほしい。私はそう願っています。
 子どもは未来の大人です。いまの子どもたちが、将来の美しい日本を作っていくのです。そんな大切な子育てに、私も私にできることでお役に立ちたい。「水」に育てられた私にできることといえば、やはり「水育」です。
 たくさんの誘惑が待っている夏休み。そのなかで、水泳教室にちゃんと通うことが、ときには嫌だなと思うこともあるかもしれません。でも、そこを我慢して通う、通わせる。それだけでもやり通すことができたなら、きっと子どもたちには、小さな達成感が得られることでしょう。この達成感の積み重ねが、その子の人生に生きてくるのです。戦える体を作りあげるために、戦える精神を築くために、そして、いきいきとした顔で9月を迎えられるよう、残りの夏休み、お子さんと一緒に有意義な時間を過ごしてください。

ミミスイミングクラブ代表
木原光知子

『美しい国・日本』
2007年07月01日

 安倍晋三首相はこの言葉をキーワードに、政を行なわれています。そして、この言葉のもと、教育再生会議が開かれるようになりました。初めて、教育の問題が国会の議題としてのぼるようになったのです。このことを私はとても嬉しく感じています。といいますのも、近頃、学校の現場、また家庭で起っているというさまざまな出来事に、憂慮せずにはいられないからです。
 新聞を読んだり、テレビでニュースを見たりすると、毎日、「それはおかしいでしょう」と感じずにはいられないことがたくさん伝えられます。例えば、学校で撮る集合写真。自分の子どもが真ん中に写っていないと、「なぜ、うちの子が中心じゃないのか」と苦情を寄せてくる親がいるそうです。また、学芸会では、「うちの子が主役じゃない」という保護者の苦情に考慮したところ、白雪姫や、かぐや姫が7人も8人もいる物語が演じられているとか。こうしたむちゃくちゃな苦情をいってくる人の大半は母親だといいます。
 こうした母親が増えているということは、やはり教育に問題があることにまちがいありません。人として大切なことを教えてくれたすばらしい先生と、そして、尊敬すべき母がいてくれたから、今の私があるからです。
 私が小学生だったとき、校長先生は朝の朝礼で必ず道徳の話をしてくださいました。近頃、トイレ掃除をさせると「うちの子には家でもさせたことがないのに何事だ」といってくる親がいるそうですが、「掃除をするということは、その場所をきれいにすることだけじゃなくて、心の掃除でもあるんだよ。だから、特に汚いところ、トイレからきれいにしていこうね」と、その大切さを教えてくださったのも先生でした。また、一つのことを成し遂げさせるとき、少しずつ準備をしていくことの大切さを教えてくれました。3月に行なわれるマラソン大会に向け、体操をして体をほぐし、縄跳びをして足腰を鍛え、そして、それができるようになったら、少しずつ、グラウンドを走る周回数を増やしていくといったように、少しずつ完走できるような体になるよう、段階を踏んで指導してくれたのです。おかげで、子どもたちはみんなケガすることもなく、走り抜くことができました。このように、学問だけではなく、心も体もともに成長するよう、かつて先生方は子どもたちを導いてくれていたのです。
 そうした『道徳』といった教育が、いつしか学校教育の現場から抜け落ちていきました。そこを見直そうと、政府の教育再生会議では『徳育』として、道徳教育を視野に入れて議論しているといいます。
 学校の先生は、未来をつくる子どもたちを育てるというたいへんな仕事です。両親、特に母親もしかりです。未来を担う人間の、その大事な土台作りをするのは、ほかでもない、母親の仕事だからです。母親の生き様、価値観など、あらゆることが子どもに伝わります。そして、それがその子どもを伸ばすことになったり、また逆に、成長の芽を摘んでしまったりするのです。そんな本当に重要なポジションにいるということを、母親のみなさんは今一度、ここで思い出していただきたいと思います。
 今年もまもなく短期水泳教室が始まります。この短い期間で、子どもたちの実力が伸びるということはまずありません。しかし、健康な体という将来への財産をつくるためには、「続ける」ことが大切です。暑い夏休み、いろいろな誘惑もあるでしょう。1日くらい休みたいと思うときもあるかもしれません。そこを頑張って通う。やり通す。これがもっとも重要なことだと私は考えています。
「やめたい」と子どもたちがもしも言ってきたなら、「そう。嫌ならやめようか」と子どもの思いをきくのではなく、「頑張って通ってみようね」と励ましてあげてください。そして、子どもたちの様子を毎日プールサイドで見るよりも、子どもの健康を管理する栄養士として、帰ったらどんなおいしい料理を食べさせてあげようか、考えてあげてください。健康をつくるために、母親としてできる協力をしてあげてください。盲目の愛ではなく、賢い母であってほしい、そう願っています。 

ミミスイミングクラブ代表
木原光知子

折り返しの6月
2007年06月01日

 ここのところ、いくつか考えさせられたり、興奮したことがありました。まず、それをみなさんにお話ししたいと思います。
 まず4月。アメリカはラスベガスに行ってきました。私にとって、ラスベガスは初めての旅先。ここで改めて、アメリカという国のスケールの大きさを感じさせられました。職業柄か、まずホテルに着くとプールが気になってしまうのですが、ラスベガスのホテルにあるプールの数は1つや2つじゃありません。なんと12! 思わず数えてしまいました。しかも、それぞれが大きなプールなのです。これには本当に驚かされました。
 ラスベガスといえばカジノやエンターテイメントショーが有名ですが、カジノは夜通し行なわれています。そのショーも、水を使ったプログラムから、映画「タイタニック」のテーマソングで知られるセリーヌ・ディオンのステージまでさまざまです。でも、どんなショーにも必ず「笑い」が含まれているのがすごいところです。緊張感あふれるステージでも、必ず一度は力を抜く。それがアメリカが持つ居心地のよさの源なのかもしれませんね。と同時に、力を抜くことの必要性をつくづく感じさせられました。人生だって同じこと。張りつめて生きていたら、切れてしまいますから。
 そして、5月。感動したのが先日行なわれたダービ−です。なんと牝馬のウォッカが勝ちました! この快挙に「馬もオンナの時代か」と、興奮させられました。このウォッカのおとうさん馬・タニノギムレットもダービーで優勝しているという馬だそうで、親娘でのダービー制覇となったのだとか。勝負に男女の区別はない。本当に強いものが勝つのだということを、このウォッカの勝利が改めて教えてくれました。
 また、この日、相撲界も沸きました。白鵬関が全勝優勝し、横綱昇進を決定的にしたからです。これで久しぶりに、東西に横綱が揃うことになりました。とはいえ、ここで忘れてはいけないのが朝青龍関の存在です。武蔵丸関が引退してから3年半ものあいだ、朝青龍関が1人で横綱を張り、相撲界を引っ張ってきました。その強さゆえ、この間には「モンゴルに帰れ」など、さまざまなひどいバッシングがありました。それにもめげず、彼は1人、頑張ってきたのです。その奮闘に、私は心から「ありがとう」と言いたいと思います。そしてまた、スポーツを観戦する人たちには、改めてマナーを問いたいのです。スポーツマンシップはプレーヤーだけにあるものではありません。スポーツを見る人たちにも、やはりフェアプレーの精神でスポーツを見てほしい。プレーする側と、観戦する側、双方のフェアな精神があってはじめてスポーツマンシップは成り立つと思います。そういう意味で、相撲界での騒動は私にとって、改めてスポーツマンシップを考えさせる一件でした。
 そんなことを考えたり、思ったり。そして、会議や仕事、ボランティアに追われていたら、気がついたら暦は6月です。なんて月日が経つのは早いのでしょう! 年の初め、私はこの1年をどんな1年にしようとみなさんにお話ししたか、覚えていますか? そうです。いくつかの目標とともに、「時間を創る」ということをあげていたのです。そこには次のような言葉が続きました。
“忙しさに身を任せていると1日、1週間、1ヶ月と時間はあっという間に過ぎてしまいます。「あれもこれもしたかったけれど、気がついたら3ヶ月過ぎていた」なんていうこともざらです。”
 まさにいま、その言葉を口にしようとしているのも私です。
 早すぎる! ほんとに早すぎます!
 折り返しの6月。2007年も残すところあと半年。ここで一度仕切り直さないと、ついついまた流されて、あっというまに時間は過ぎてしまい、12月のこのページで「今年1年はなんだったの? 私のテーマは?」ということにもなりかねません。いえいえ、このままではきっとそうなってしまうことでしょう。  
 みなさんはどうですか? 私と同じ感想を持っていませんか? 
 ここでちょっと忙しく歩いてきた道を立ち止まり、力を抜いて、次なる目標をしっかりと考えてみましょう。そして、有意義な07年残りの6ヶ月を過ごしていきましょう。

ミミスイミングクラブ代表

木原光知子

ロハスな生活のススメ
2007年05月01日

「温暖化が進むと水不足になる。飲む水がないのに、泳ぐ水があるだろうか」
 これは日本水泳連盟のキャッチフレーズです。この言葉の意味するところは説明するまでもありません。世界には飲料水すら不自由している人々がいるのに、私たちは競技としてまたは趣味として、日々たくさんの水を使って泳いでいます。その量はどのくらいになると思いますか? ミミスイミングクラブで1日に使用している水は、トラックにするとなんと2トントラック12台分です。生活水として使える水は地球上の水のわずか0.8%だそうですから、そこから考えると水泳は“とてもぜいたくなスポーツ”といえるでしょう。
 その「水」の恩恵にあずかり、私はこれまで生きてきました。「水」に健康にしていただき、「水」を仕事にして、いま、とても幸せです。だからこそ、これを還元していかなければいけないと強く感じています。人として借りたものは返すのが当たり前なら、「水」は私たちが自然から与えられた恵み。再び自然に帰すことが私たちに課せられた大切な役割だからです。
 かつて、私たちの回りにはたくさんの自然がありました。春は花々に囲まれ、夏には近所の川や海で真っ黒になるまで遊び、秋は紅葉していく山の景色を眺めながら、と、私たちは季節を目で、鼻で、肌で感じながら成長してきました。そして、冬はわずかな火で暖をとり、夏はあふれる汗を拭いながら風に涼を求めて勉強し、仕事をして、穀物や野菜、魚をはじめとした自然からの恵みを食して暮らしてきました。
 それがどうでしょう。文明の発達で、いまでは1年中快適な温度の中で生活ができるし、食卓には季節を問わず豊富な食材が並んでいます。街からは1日中明かりが消えることはありません。本当にむかしからは考えられない、便利な生活を送っています。しかし、その一方で、川や海は汚れて泳げなくなり、地球温暖化で日本の四季はかつてのような鮮やかさをなくしました。また、魚は養殖となり、駆け回っていた鳥はブロイラーになって弾力をなくし、トマトはビニールハウスでしっかり完熟され、かつてのようなおいしさはありません。  
 この原因は何か。私たちが送っている便利な生活が、自然を一つひとつ壊しているからです。
 私たちは無意識のうちに、少しずつ自然環境を破壊しています。たとえば、毎日使う台所洗剤。食器を洗うとその排水は私たちの台所から、川に、そしてやがて海へと流れます。その海で育った魚を私たちは口に運びます。たとえば、歯磨き。蛇口から出る水は1秒で約200cc。この水を流しっぱなしで歯を磨くと、わずか5秒で1リットルもの無駄な水を流すことになります。このほかにも、トイレを使えばたくさんの紙を使い、クルマに乗れば大量の排気ガスを排出します。こうしたことが環境破壊につながっているのです。このままでは、次の世代の子どもたちが大人になる頃、地球はどうなってしまうのでしょう。そのことを、いま、私たち大人は真剣に考えなければいけません。
 そこで私がおすすめしたいのが「ロハスな生活」です。
 ロハスとは、「Lifestyles of Health And Sustainability」の頭文字をとったもので、“環境への負担をなるべく少なくしながら、健康な生活を送りましょう”という、こだわりをもったライフスタイルのことを指しています。むずかしく考えることはありません。たとえば、食器を洗う洗剤を考えてみる。スーパーには買い物袋を持参する。クルマはなるべく使わないで電車を利用したり、歩く。紙の使い過ぎをしない……。こんな小さなことから、ロハスな生活は始まっているのです。食べたものはどこから来て、捨てたゴミはどこへ行くか。そこを考えればいいのです。どれもこれも、私たち女性、そして母親が率先して始めたいことばかりだと思いませんか? 
 これを読んで、何かを感じてくれたら、ぜひ、いまから実行してください。 「水」に親しんでいる私たちから、自然環境を考えていきましょう。

ミミスイミングクラブ代表
木原光知子

若いときこそ悔しさを経験しよう
2007年04月01日

 オーストラリア・メルボルンで世界水泳選手権が開催されました。テレビでも放映されていましたが、みなさんご覧になりましたでしょうか? 大会の内容はともかく、オーストラリアと聞くといつも私の胸には、キュンとなるような、とても懐かしく、そしてせつない気持ちがこみ上げてきます。この地が私にとって初めての海外遠征先であり、悔しい思いを体験したところだからです。
 昭和38年、地元で開催された岡山国体(国民体育大会)に中学生でありながら、一般の部に出場。100M背泳ぎで3位となった私は東京オリンピックの代表候補に選ばれ、向かったのが豪州選手権でした。真冬の羽田空港からプロペラ機に乗って着いたオーストラリアは夏。数時間の空の旅で、季節が正反対なら日常生活も汲取トイレと♨五右衛門風呂から、いきなり蛇口をひねればお湯が出る世界へ来たのですから、中学3年生だった私のカルチャーショックは相当なものでした。金髪に青い目の人を見るのも初めてなら、芝生のある家、フォークとナイフの食事も初めてと、見るもの、聞くこと、食べるもの、すべてが驚きの連続だったのです。そんな状況ですから、大きな外国の選手たちに混ざって自分の泳ぎをするなど、できるはずがありません。緊張しすぎて、どんな泳ぎをしたのか、まったく覚えていないのです。水を飲んだということだけが唯一の記憶です。すべてに圧倒され、上には上がいることを感じさせられた、海外戦デビューでした。
 こうしてさまざまなショックを抱えて私は日本に帰ってきたのですが、そこで待っていたのは厳しい大人の社会でした。飛行機のタラップを降りるところで選手たちは並び、マスコミが一斉にシャッターを切ったのですが、翌日掲載された写真には私の顔は半分しか映っていませんでした。このときの屈辱感といったら! 岡山では『天才少女、現れる』といった見出しで紹介され、初めて東京へ出てきたときは、両親や祖母が紋付袴に日の丸を振って送り出してくれたのに、大会から帰ってきたら顔もはっきりわからない代表の1人でしかなかったのです。本当に、悔しくて、悔しくて、たまりませんでした。あまりの悔しさに、「速く泳げるようになりたい。速く、速く」と、「速く」という文字を何十個もその日の日記に書きつづり、「次は絶対に写真の真ん中に入る」とかたく心に誓ったのでした。オーストラリアと聞くと、いまでもこうした気持ちがはっきりと思い出され、私の胸はキュンとなるのです。
 いよいよ4月。新しいシーズンの始まりです。入学式、クラス替えなど新しい環境に入る人たちも多いことでしょう。新しい世界にはさまざまなことが待っています。そのすべてがおもしろい、楽しいことばかりではありません。ときには嫌な思いをすることもあるでしょう。気持ちを傷つけられることも、一度や二度ではないかもしれません。でも、そこで投げ出さないでほしいのです。悔しかったら、その悔しさをバネに頑張ってください。若いうちの体験は必ず自分自身の成長につながります。私もこのオーストラリア遠征の体験があるから、いまがあると胸を張っていうことができます。若いときだからこそ、経験は実となり、なおかつ早くそこから立ち直ることができるのです。
 強い大人になるために、すてきな大人になるために、そして、いい選手となるために。悔しい体験から逃げないで、ぜひ、それをバネに頑張る強さを持ってください。

ミミスイミングクラブ代表
木原 光知子


<豆知識:五右衛門風呂>



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名前の由来は、豊臣秀吉が石川五右衛門をかまゆでの刑にしたという俗説から生まれました。カマドを築いて釜をのせ、その上に桶を取り付け、底板を浮き蓋とし、その板を踏み沈めて入浴します。カラダが釜に触れると熱くて子どもは苦手なお風呂でした。

いくつになってもチャレンジを
2007年03月01日

 先月18日、東京で初の大きな市民マラソン大会「東京マラソン2007」が開催されました。テレビでも放映されましたので、観戦された方も多かったのではないかと思います。この大会で私は、“チャレンジする姿勢の大切さ”を改めて教えられました。今月はそのことについて、お話ししたいと思います。
 今回のマラソン大会には、私の知人が数名参加していました。その1人が鄭さんという64歳の女性です。上野でスポーツショップを経営している社長さんで、体型は少々どっしり型。マラソンの経験はありません。そんな鄭さんが参加を思い立ったのは、ほんの些細なことがきっかけでした。
 鄭さんの日課は毎朝のラジオ体操なのですが、ある朝、上野不忍池の会場に遅刻しそうになりました。あわてた鄭さんは、走って駆けつけます。走るというその行為自体、鄭さんにはとても珍しいことでした。「あ、私でも走れたんだわ」鄭さんは喜びました。次の日、今度は意識的に少し長い距離を走ってみます。そうしたらまた走れました。またその翌日、さらに長く走ってみます。また、走ることができました。少しずつ自信を深めていった結果、「そうだ、東京マラソンに応募してみよう」と応募して、当選。10キロのコースに参加し、1時間24分というタイムで見事に完走されたのです。
 走り抜かれたことはもちろんですが、64歳で新しいことに向かってチャレンジするその精神に、私はとても感動しました。なんとすばらしいことでしょう! 60歳という年齢を過ぎて、自分のなかの新たな可能性に挑戦するなど、なかなかできることではありません。本当に頭が下がりました。
 もう1人、有森裕子さんもやはりチャレンジした方といっていいと思います。42.195キロのマラソンは「シニイク」というくらい過酷な競技です。体中に故障を抱えた有森さんには、出場すること自体とても覚悟のいったことだと思います。にもかかわらず、この大会で自身のランナー人生を締めくくりたいと参加。途中で転んで血を流しながらも完走して5位という成績をあげました。笑顔で走り抜いた、すばらしいラストランでした。
 このお二人のように、東京マラソンには新たな可能性に挑戦したいと思った人、心に期するところがあって出場した人、運が良ければ参加できるかなと応募した人、いろんな人がいたことと思います。その誰もが行なったのが「応募する」という行為でした。実は、これ自体がすばらしい行動でした。ここからすべてが始まるからです。何か新しいものごとに挑戦してみたいと思っても、多くの人が「やったことがないから」「もう自分は年だから」など、さまざまな理由を自分のなかにみつけて、行動を起こそうとしないもの。でも、人間、やってみなければわかりません。やる前からあきらめてきたら、何も始まらないのです。また、やってみてダメなら、それはそれですっきりするというもの。すべては行動を起こすかどうか、ここにかかっているのです。2月、3月は花開く前の季節。新しいシーズンに花を咲かせるためには、種を蒔くという行動が必要です。「私には無理」と自分のなかに閉じこもっていたのでは、新しい花を咲かせることはできません。このことを改めて鄭さん、有森さんから学ばせてもらいました。
 期せずしてこの日、私はゴールとなったお台場で、日本水泳連盟の評議委員会に出席し、「常務理事待遇/特命担当、キッズ担当」という役職を拝命しました。80年にも渡る協会の歴史のなかで、女性としての初の役職です。私もまたこの新しい企画に向かって、体を動かし、チャレンジしていかなければと強く心に誓いました。
 みなさん、新しい季節です。新しい細胞が誕生する季節です。尻込みせず、あきらめず、何かに挑戦してみましょう。

木原 光知子

生で観る醍醐味
2007年02月01日

 横綱・朝青龍関が20回目の優勝を果たした1月場所。久しぶりに国技館へと足を運びました。私自身が個人競技の出身だったからでしょうか。どちらかというと、野球のような団体スポーツよりも相撲のほうが好きで、毎場所、テレビのスポーツニュースで勝敗をチェックしているほどです。でも、観戦に出かけたのは本当に数年ぶり。好きな力士といいますか、お父様のころから応援していたので、栃東関にはたいへん思い入れがあります。
 大関になられたときはとても嬉しく感じたものでした。ただ、今場所はケガが完治しないまま出場したためか、不本意な成績で終わってしまったのが残念です。
 ケガといえば、どんな競技でも上位に行けばいくほど、ケガは切り離せなくなってきます。大相撲も大きな力士が直径5メートル55センチという狭い土俵のなかでぶつかりあうのですから、もちろん避けられません。力士の多くが身体のどこかにテーピングを巻いていることからもわかります。しかし、このテーピング、いつ頃から相撲界にも浸透してきたのでしょうか? 先代若乃花、栃錦の両横綱をはじめとして、ひとむかし前の力士たちは、テーピングをして土俵にあがることはありませんでした。相撲はふんどし一つというほぼ裸に近い格好で行なう競技ですから、きれいな身体で神聖な土俵にあがるのは当たり前だったからです。テープを巻くなどといったことは、むしろ恥ずかしいことと捉えられていました。こうした精神がいつしか忘れられていき、テーピング姿が当たり前になってしまったのは、同じように裸に近いスタイルでスポーツをしているものとして、少し残念に思いました。

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1年の始まりに
2007年01月01日

 みなさん、明けましておめでとうございます。
 06年はみなさんにとって、どのような1年だったでしょうか? 充実した年になりましたでしょうか? 楽しい思い出はできましたか? もしかしたら、苦しいことを乗り越えたという方もいらっしゃるかもしれません。昨年1年が良い年だった方も、あまり良くなかったという方も、さあ、新しい1年の始まりです。
 私は早速、この1年の目標を4つほど立ててみました。
まず1つ目は『身体を鍛える』です。
 こういうと「いつも鍛えているから必要がないのでは?」なんていう声が聞こえてきそうですね。確かに、水泳の指導にあたっていますが、指導と自分の身体を鍛えることは別のもの。なかなか自分のことまで手が回りません。忙しさにまぎれ、どうしても後回しにしてしまいがち。近頃「健康にいい」と話題のウォーキングですら、日頃はどうしてもクルマでの移動が中心となってしまって、自分の足で歩く機会はあまりありません。ですから、今年はまず、この「歩く」ことから始めたいと思います。身体を鍛えるとともに、クルマで走りすぎてしまってはわからなかった街の風景、季節の移り変わりなども一緒に楽しめることでしょう。
 二つ目の目標が『時間を創る』。みなさんも年の終わりに「なんて1年って早いんだろう」なんて感じませんでしたか? 忙しさに身を任せていると1日、1週間、1ヶ月と時間はあっという間に過ぎてしまいます。「あれもこれもしたかったけれど、気がついたら3ヶ月過ぎていた」なんていうこともざらです。どんなに嘆いても、1日は24時間しかありません。忙しい毎日だからこそ、時間を上手にやりくりして、自分のための時間を作りだす。その作り出した時間で、趣味を楽しんだり、勉強をしたり。さらに自分自身を磨いていきたいと思っています。
そして、『情報を採る』。
 いまや言わずと知れた情報社会です。テレビ、ラジオ、インターネットと情報通信機器の発達で、私たちはいま、あふれんばかりの情報のなかに身を置いています。これを使わない手はありませんよね。今年はメールなども積極的に利用して、たくさんの人と交流したり、情報を交換したり、発信していきたいと思っています。そこからまた新しいアイデアが生まれてくることでしょう。もっとも、利用するのは携帯が中心になりそうですけれど。
 最後に『愛情を注ぐ』こと。もちろんこれまでも愛情を注いでやってきたミミスイミングクラブですが、今年はさらにパワーアップ。みなさんとともに愛のあふれるプールに育てていきたいと思っています。
みなさん、どうぞ今年もよろしくお願いします。

木原光知子

(ミミ倶楽部2007年1月)

引っ越そう!
2006年12月01日

 ある日、いつものように空を見ていて、ふっとそんな衝動に駆られました。
その素直な思いをすぐに行動に移したのは今年の夏のこと。空に近いところから、土に近い部屋に引っ越しました。
 以前の部屋は、東京ベイエリアにあったマンションの36階にありました。そこに住んでいたときは、仕事が終わると早く家に帰りたくてしかたありませんでした。とてもきれいな夕焼けが見られるからです。「東京の夕日がこんなにきれいなんて」と驚かされたほど、本当にきれいでした。しかし、都市開発が進み、窓からの風景は徐々に変わっていきました。大好きだった景色から、富士山と東京タワーが消えたことも、思えば、引っ越しを思い立った一つの要因だったかもしれません。
 新しいマンションは、荏原という下町情緒の残る街です。空から地面に近い部屋となって、私の生活も変わりました。
 たとえば、音。夏は「ミーン、ミンミン」と“そんなに私の名前を呼んでくれなくてもいいよ”とうるさく思うくらい、蝉の音が聞こえてきます。朝は「カーカー」と4時頃から泣き始めるカラスが私の目覚まし代わり。このカラスがまたたいへんで、追い払うために毎日、攻防を繰り広げています。
 土が近づいて、ベランダという楽しみも増えました。サザンカが咲き始め、ホースで水を上げることがいまや毎日の日課です。この水は、ときにカラス撃退の武器にもなります。1階にある大きな3本の桜の木はいま、見事に紅葉し、私のベランダに落ち葉となって運ばれてきます。その葉っぱを掃除することも、1日の大仕事です。そんなベランダで先日、きれいなグリーンの葉っぱを見つけました。なんだろうとよく見ると、なんとカマキリ! しかも、お腹をパンパンに膨らませたメスだったのです。とても感動し、その姿を写真に収めると、弱っているからだを木の中に置いてあげました。
 こんなふうに、地面に近づいたら、東京生活でこれまで体験したことがなかった出来事にたくさん出会っています。自然がより身近になり、私はいま、この新しい生活をとても楽しんでいます。
 来年、桜の花が咲く頃には友人を誘い、この部屋でぜひお花見をしたいなと思っています。その日がいまから楽しみです。

木原光知子

(このメツセージはミミ倶楽部12月)

冬こそ水泳!健康で美しい毎日のために!
2006年11月20日

「冬こそ水泳 健やかな毎日を!」

カラダいきいき!ココロいきいき!
冬のプールはカラダもココロもあったか!「ぽかぽか」、「のびのび」!
冬のスイミングで健康な毎日を!

冬の乾燥からお肌を守ります!つるぴかお肌に!
冬の運動不足をスッキリ解消!ストレスゼロ!
冬こそ水泳上達のチャンス!春が楽しみ!

さぁ、泳ぎましょう!

ミミスイミングクラブ代表
木原光知子

この冬、お子さまの健やかな毎日のために

「冬こそ水泳 元気な毎日を!」

カラダすくすく!ココロすくすく!
冬のプールはカラダもココロもあったか!「ぽかぽか」、「のびのび」!
冬のスイミングは元気なお子さまをそだてます!

冬の運動不足をスッキリ解消!快食、快眠、早寝、早起き!
冬の乾燥からカラダを守る!風邪とさよなら!
冬こそ水泳上達のチャンス!春が楽しみ!

さぁ、泳ぎましょう!

ミミスイミングクラブ代表
木原光知子

TOL会「フォーラム2006」を終えて
2006年11月01日

 オリンピックに出場した女性オリンピアンで構成されているTOL会こと、「トータル・オリンピック・レディース会」。私はここで初代・小野清子会長に引き続き、2代目会長をつとめさせていただいております。このTOL会が主催している年に1度のビッグイベント『フォーラム2006』が10月28日(土)、東京・目白の株式会社デサントで開催されました。このフォーラムは「オリンピアンによる、さらなるスポーツの啓蒙、発展、スポーツ文化への理解促進を広く社会に働きかけていく」ことを目的としたもので、今回もたくさんのみなさまにご協力いただき、大成功に終わりました。
 そもそも仲間作りと親睦を目的として発足したTOL会が、スポーツの普及発展のため、総会後に一般の方々を対象としたフォーラムを行なうようになったのは、いまから9年前のことです。最初は私と母、橋本聖子さんとお父様など親子対談を行なっていました。またあるときは、ハリウッド美容専門学校の学校長・メイ牛山さんによるメイクアップ教室を開催。美しいオリンピアンを目指そうなど、女性らしい内容にしたいとてんてこ舞いしながら、知恵を絞ったものでした。
 活躍したオリンピアンを表彰する“ベストオリンピアン賞”が誕生したのは、2年前のアテネ五輪です。今年の受賞者はトリノ五輪で活躍したフィギュアの荒川静香選手、スピードスケートの岡崎朋美選手、カーリングの小野寺歩選手、スケルトンの越和宏選手、アルペンの皆川賢太郎選手。残念ながら荒川さん、岡崎さん、皆川さんにはご多忙のため贈賞式には出席いただけませんでしたが、荒川さんのお母様が代理として出席してくださり、楽しい話を聞かせてくださいました。  
 この表彰式の後、小野寺選手、越選手に‘84年ロスアンゼルス五輪マラソンの増田明美さん、‘76インスブルック五輪スキー距離の後藤美喜子(旧姓/照井)さんが加わって、恒例のトークリレーがスタート。競技との出会い、オリンピックの思い出など、楽しいお話から知られざる苦労話までさまざまな話が飛びだしました。特に、カーリング、スケルトンといった冬の競技は夏に比べてあまり知られていません。カーリングで使用しているストーンは非常に手に入れにくいものでクルマを買うことができるほど高価であるとか、スケルトンでは姿勢が低い分、体感速度は非常に速いなど、同じスポーツマンである私たちですら知らないお話がもりだくさんで、知識を増やす良い時間となりました。
 予定の2時間が過ぎるのはあっという間。しかし、開催までには長い時間がかかっています。パネリストの選出を含めた10数回にわたるミーテイング、オリンピアンたちへのアポイントとり……。当日は朝早くから会場を設営し、会場案内からグッズ販売まで、すべてTOL会のメンバーによって行なわれるからです。しかし、メンバーにとって、たいへんだけど楽しい時間です。現役を引退して結婚、出産、離婚などさまざまな人生を抱えているけれど、ここに来れば仲間がいる。競技は違うけれど、一つのことをやり抜いてきた、わかり合える人たちがいる。それがTOL会の良さだと思います。
 だからこそ、若いオリンピアンたちにもっともっと参加してもらいたいですし、すでに活躍していただいている方々には、ここで学んだことを各団体に持ち帰り、経験として伝えていただければと思います。一生スポーツに関わっていかなければいけない私たちの力で、スポーツの良さ、スポーツが与えてくれるよさをメッセージとして届けていきましょう。 木原光知子

(ミミ倶楽部11月)

持続
2006年10月10日

 私が続けてきた「ウーマンズ・スイム・フェスティバル」。この第10回大会が10月7日(土)8日(日)、横浜で開催されました。「絶対に10年続けよう」と心に決めてきた大会を多くの方々に支えられて迎えられたことに、とても深い感慨を覚えています。
“女性の元気は世の中の元気。まずは女性たちを元気にしたい” そう考えて立ち上げたのがこのウーマンズでした。女性たちが一つひとつコツコツと手作りでつくりあげる“女性による、女性のための大会”をテーマに創意工夫を凝らし、勝つことではなく、誰もが楽しめるイベントにすることを心がけてやってきました。そんな工夫の一つがユニフォームです。女性をイキイキさせるためにはオシャレであることはとても大切。デザインや色にこだわり、毎年その年のテーマカラーを決めて作っていただきました。その甲斐あって、みなさんに「私もほしい」と言っていただくほど好評を得ています。食べることとおしゃべりも女性の大好きな時間です。お祝いにいただいたお花代は実行委員たちのおやつ代にして、おいしい語らいのひとときも大切にしました。また今回から、環境問題を考えるコーナーを設置。楽しく泳ぐ大会から少しテーマを広げ、水泳にとって大切な水についても、みんなで勉強していきたいと考えました。
 しかし、いくら女性による女性のための大会といっても、男性たちの陰の手助けがなければできません。「女性たちがやるっていいね」「ミミさんの夢に僕も協力するよ」と言ってくれる“ホンモノ”の男性が私の周囲にはたくさんいました。すばらしい男性たちがいる企業が協力し続けてくださったおかげで、贅沢ではなくてもいい大会にすることができました。
その感謝の気持ちを込めて、電気はもちろん東京電力、繊維のことなら東レ、泳ぐならアリーナ、乾杯はキリンビール、天ぷらは日清オイリオ、ドライブならトヨタ、ガソリン満タンはコスモ石油、お洗濯は三洋電機、毎日のお茶は伊藤園、お茶漬けいただくなら永谷園、おいしいハンバーガーはモスバーガー、カレーパーティーはハウス食品、ガラスは前田硝子を使い続けています。
 こうして、振り返ってみますと、ウーマンズを続けてきたことが私を大きく育ててくれたことを改めて感じさせられます。ウーマンズをやってこなかったら、私はきっと鼻持ちならない女になっていたことでしょう。一つの大会の陰でどれだけの人が力を貸してくれているのか、こんなことにも気づくことはなかったかもしれません。これまで協力してくれた人たちに、心からの感謝の気持ちでいっぱいです。
 そんなウーマンズ第10回大会、「記念大会にしてみては」という声もいただきました。しかし、これはまだ次の10年への通過点。特別なことをすることなく、行なうことができればそれでいいと考えていました。ところが、思いも寄らない嬉しい出来事が起こりました。皇后・美智子妃殿下にご来場いただいたのです。この吉報に「水の神様が降りてきてくださった」とスタッフみんな涙を流して喜び、会場は大きな感動に包まれました。本当に、なんと大きなご褒美でしょう! 私も感激し、涙が止まりませんでした。同時に、物事は10年続けてきて初めて評価を得られるものなのかもしれない、とつくづく考えさせられました。
 最後に、ウーマンズに関わってくださったすべてのみなさんにもう一度感謝の言葉を贈りたいと思います。本当にありがとう!

木原 光知子
(本文はミミ倶楽部10月メッセージです)

WSF応援ありがとうございました!
2006年10月09日

ウーマンズ・スイム・フェスティバルへ全国より集いし4千名あまりの女性スイマーの参加、そして今年も後援、協賛、協力と・・・様々なかたちで多くの皆様から善意の応援をいただきました。
おかげさまをもちまして、皇后陛下のご臨席を賜り第10回ウーマンズ・スイム・フェスティバルを盛況のうちに終えることができました。ありがとうございます。
ウーマンズ・スイム・フェスティバルに携わる多くの女性スタッフを代表いたしまして、ここに心より深く御礼を申し上げます。
今年で延べ参加者数はおよそ3万4千名、延べ観客数はおよそ12万名を数えることとなりました。
フェスティバルの回を重ねるごとに増えていく参加者たち、スポーツ、水泳を通して垣間見える女性たちの様々な生きがい、そして人生おける夢を今回も熱く感じました。
女性たちの夢の実現、実り豊かなフェスティバルの実現に向けてこれからも励んでまいります。
今年の開催テーマは「夢 ありがとう!そして未来へ!」でした。
未来に向けて、引き続き応援のほど宜しくお願いを申しあげます。

木原光知子


スポーツマンシップを考える
2006年09月01日

 この夏、話題になった2人の若い選手がいます。高校野球の斎藤佑樹選手とボクシングの亀田興毅選手です。
 斎藤選手は“ハンカチ王子”と呼ばれ、何事にも動じないクールな姿勢と礼儀正しさで一躍時の人となりました。一方、亀田選手はあれほどの実力を持っているにもかかわらず、一つの試合の判定を巡って世間から非難が集中。ほぼ同年代のふたりは世間から、対照的な注目を浴びました。どちらもスポーツ界のエリートで小さな頃から専門的な指導を受けてきたのに、この過程のどこかで指導方針に違いが生じたことから、これほどの大きな差が生まれてしまいました。その違いとはいったい何なのでしょう。ヒントは「スポーツマンシップ」という言葉のなかにあるように思います。
「スポーツマンシップにのっとり、正々堂々と力の限り戦います」
 自分を正当化せず、一生懸命戦い、そして戦ってくれた相手を尊重し、「一緒に戦ってくれてありがとう」という感謝の気持ちを忘れない。1回のうれし涙の陰に100回の悔し涙を飲んできた、そんな道のりがさわやかで嘘のないスポーツドラマとなり、人々の感動を呼びます。このスポーツマンシップを体現してくれたのが斎藤選手でした。また、高校球児らしいさわやかさとインタビューなどから垣間見えるしつけの良さが、「どのようにしたらこんな男の子に育つのだろう」と世間の関心をさらに引き寄せました。
 対して、亀田選手はまったく異なる表現を見せました。とはいえ、直接の問題となった先日の試合のジャッジは審判が下したものであり、亀田選手にはなんの問題もありません。親や兄弟を思う気持ちや一生懸命練習し、努力しているところは斎藤選手も亀田選手も変わりはないのです。非難の原因はどこにあったのか。この機会に、ぜひ、亀田選手のお父様には考えてもらえたらと思います。
 力ある者がより強くなろうとしたとき、そこに求められるのは技術ではありません。精神です。この精神は必ず言葉や行動に現れます。その鍛えられた精神力で人と、または記録と戦うから、ここからドラマが生まれるのです。だから、1時間スポーツを観戦したら、観客はそこから自分の人生におけるいろんなヒントをみつけることができるのです。
 この出来事を通じて、改めて選手や指導者のみなさんにスポーツマンシップについてしっかりと考えてほしいと思いました。スポーツマンシップとは何なのか。さわやかさはどこからくるのか。相手を尊重するとはどういうことなのか。これらを常に追求し、行動していくこともまた、スポーツマンに課せられた課題なのです。
 そして、斉藤選手、亀田選手にはさらに頑張ってほしい素敵なスポーツマンとなってほしいと思った今年の夏でした。

木原光知子

(注:本文は8月のミミ倶楽部向けメッセージです)

壮月/そうげつ
2006年08月01日

盛夏八月は草花の成長も著しく、活気に満ちたさまから「壮月」とも呼ぶそうです。
「壮」からは暑い夏の陽光に負けず、勇ましく活力に溢れた日々を送りなさないというメッセージも含まれているように感じます。
とは言え、私たちが夏の強烈なパワーを打ち負かそうなどと無理をしても身体はひと夏もちません。
夏を受けいれ、夏を愉しみながら、美しく暮らしてみるということでしょうか。
夏の早朝は神の恵み、至福のひとときと言いますが、東京では熱帯夜の熱も冷めきらない暑苦しい都会の朝、朝から気軽にクーラーのスイッチを入れるまえに色々と夏だからこその工夫をされてみてはいかがでしょうか。

夏の暑い日を「爽快」にスタートさせるアイデアを考えてみましょう。
この「爽快」は気分をさわやかにする、精神的な意味あいが強いもの。
気分を変えて威勢良く打ち水をすれば不思議と涼やかな心持ち。
植木に優しく水をあげれば、暑さも忘れ心も豊かになごんでくる気配です。
もちろん寝起きの身体への水やりも忘れずに、グラス一杯の冷えた水は喉ごしも良く気分を爽やかにしながら、吸収も速く、血流を促しながら、腸の働きを活発に、一日をスタートさせる大切なキッカケとも言えます。

夏の暑い日を「壮快」に過ごすことを考えましょう。
この「壮快」は元気あふれるという肉体的な意味あいが強いもの。これは文句なしにスイミングです。
屋内、屋外を問わずプールでゆったり自分のペースで泳ぎながら、身体に蓄えられた余分な熱を取り去りましょう。全身を包む水が暑さに少々くたびれた身体を優しくケアしてくれるはずです。身体ばかりではなく心も「爽快」にしてくれるはずです。
いづれにしても「壮月」を賢く楽しく元気に暮らすには「水」がポイント。
地球にも、人にも、植物にもきちんと「水やり」。大勢で協力して地面に水やりをすると気温も少々下がるそうです。本当にすごいですね水のパワーは。

さぁ、泳ぎましょう。

木原光知子

(注:本文は8月のミミ倶楽部向けメッセージです)

思いきって行きましょう/生きましょう
2006年07月01日

7月1日の土曜日、このメッセージは美しい海にいだかれた自然豊かな韓国の最南端に位置する済州島で書いています。
トルハルバン杯全国マスターズ水泳大会へミミスイミングの皆さんと元気に参加させていただいています。今日が大会第一日、ちびっ子も参加するさながら水の運動会のような光景にプールは明るく大きな歓声に溢れています。
私にとって今年で2回目の「韓国水泳親善旅行」ですが、昨年もご参加いただいた方からこの大会がきっかけで生き方が変わりましたという、思いもかけないお声を耳にします。
ある方は、昨年の参加から人生が明るく魅力溢れたものに変わりました。
生きるよろこびの芽生え、それまでのある種投げやりな生き方からの脱皮、笑顔のある毎日、健康への自信に満ちあふれた日々が訪れたそうです。
ある方は、手に入れた念願の金メダルを首から下げて台所に立ち、しっかりとご飯を食べ、どこに行くにもメダルを身につけていることで、お父さんの死から受けた心と体の傷を癒していったそうです。
お兄さんを失った悲しみから私の腕にしがみついてプールのなかで泣きじゃくっていたある女性は、今年初めてこの大会へ参加することで悲しみを乗り越え、今の自分の心のありようを変えてみようと行動を起こし、思いきって済州島に来られています。きっと元気になります。私は信じています。
「運動」は運を動かします。
旅に出かけることもそのひとつでしょう。
そして泳ぐこともそのひとつでしょう。
行動する機会、体を動かす機会が増えるとういことは、自らの人生に無限の可能性を与えてくれる貴重なチャンスだと思います。
皆さん、やりたいこと我慢していませんか、簡単にあきらめていませんか?

この7月のメッセージは、「思いきって行きましょう/生きましょう」です。
水泳は皆さんがより良い日々を送る様々なお手伝いができると信じています。

木原光知子

協働/世界女性スポーツ会議・熊本に参加して
2006年06月01日

未知なる世界、領域にザブンッ!とアタマから飛び込んでみる。
今回の熊本での私がまさしくそのような状態でした。世界78ヶ国およそ700名の参加者たちの熱気の渦へ。そして「行って、触れて、見て、聞いて、話して」みることの尊さにあらためて気づかされました。
タイトルに「スポーツ」という名称がついていることにより、知らない人、以前は私もそうでしたが、「どうしたら強い女性アスリートが生まれるのか・・・」ということを話す会議、または女性強権論者の集いと勘違いしている方も多いのかもしれません。答えはNO!まったくの私見ですが、私がこの会議の本質として捉えたものは、イギリスで1994年に宣言されたブライトン宣言の趣意は当然のことながら、実は世界、国家、社会、地域をより良いものにしていくための原動力として、ふつうの女性のくらし=【学習、健康、仕事、経済、家庭、出産、育児、教育、保障、権利~人間としての尊厳、味わうべきすべての歓び、そして意義ある人生】が大変重要な働きを行うものであり、それらをスポーツという切り口から、どのように実際のアクションとして支援、啓発、実行することができるのか?ということでした。会議には欧米はもちろん戦禍に直面するアフリカ、中近東からの民族衣装に身を包んだ女性たちの真剣な表情が際立っていました。世界女性スポーツ会議から指名を頂戴し、全体会のパネリストとして「ウーマンズ・スイム・フェスティバル/水泳による変化の起点」と題して発言の機会を与えていただいたことは、スピーチ資料、内容を日本語から英語に置き換えるなど私としても意義ある学習の場を与えていただいたと感謝をしております。会議は、「協働/私たちはスポーツを通して男女共同参画社会の実現のため、世界のスポーツ界に影響を持つ関係機関および個人が密接な協働を目指すネットワークを築き、今後4年間(2006-2010)、熊本会議で生まれた積極的な『変化への参加』というビジョンを確実に推進します」という熊本協働宣言で4日間の会議は終了しました。 すべては知ることから始まります。次の会議は4年後、シドニーで開かれます。スポーツに関わるものとして、私たちに何ができるだろうか?水泳では?皆さんのご意見をお伺いしたいと思っています。

木原 光知子

(注:本文はミミ倶楽部2006年6月メッセージ)

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「読売新聞・よむサラダ」より
2006年05月01日

「読売新聞・よむサラダ」にて書かせていただいたエッセー、その“エッセンス”をミミ倶楽部の皆さまへお届けいたします。

「シャンソンのこと」 掲載日2006年4月2日(日)
~新たなる「自分づくり」へのチャレンジと実現には、まわりの有形無形のあたたかなサポートが欠かせないことに改めて気づかされます。

「水のこと」 掲載日2006年4月9日(日)
~「水を愛し、水に学び、水に生かされ、水の力で人々の健康と幸福を創造する、水に感謝」と水のことばかりを記した青い額が私の部屋に飾ってあります。

「子供のこと」 掲載日2006年4月16日(日)
~一人一人が目標を達成し、夢をかなえるために、水泳やスポーツができることを考えています。水からあがってきた子供たちの、驚くほどスッキリと明るい表情を励みとしながら。

「女性のこと」 掲載日2006年4月23日(日)
~女性のための水泳大会や水着など、「なんとかしなければ」と一念発起するたびに、私の泳ぐ時間は減ってしまいます。それでも、多くの女性の生きる歓(よろこ)びにつながればいいと願っています。

「親のこと」 掲載日2006年4月30日(日)
~成長し、仕事に就き、収入を得るようになったある日、母からもらった“いぶし銀”のような言葉があります。「誕生日は人に祝ってもらうより、この世に立派に産んでもらってありがとうと親に感謝する日ですよ」 毎年4月は、母にプレゼントを贈ります。


木原光知子

(注:本文はミミ倶楽部2006年5月メッセージ)

「水に感謝」
2006年04月01日

伊勢丹浦和店を皮切りに今年のミミアリーナ春夏モデルのセールスイベントがスタートしました。今回のテーマメッセージはズバリ「水に感謝」です。
水なしでは木原光知子もミミスイミングもミミアリーナも、それ以前にこれを読んでくださる貴方も、いや人類さえ存在し得ない・・・。何もそこまで話を広げなくても、水泳を通しての生き活きとした前向きで健康な人生、家族、仲間を我が物にするチャンスを奪われてしまうわけです。
次代の地球、世界を悩ます問題は、エネルギー資源と水資源と言われて久しいです。各国で様々な取組みが行われていますが、今のところ何ら抜本的な解決策は見つかっていません。将来の戦争の元凶は石油利権の争奪から、水源利権の争奪に変わるとさえ言われています。世の中は想像さえできないことが現実となるものです。
地球を人間が両手をいっぱいに広げた150cmほどの直径の球体に置き換えると、陸上に暮らす人間と様々な生き物たちの命を支える水は、驚くべきことにお猪口1杯分ほどしかないそうです。
どこかの酔っ払いが誤ってお猪口をひっくり返したら60億の全人類はあっと言う間に干物となってしまうのでしょう。
これを聞くと、水の貴重さが身にしみます。
日本では国民の危機感はさほどありませんが、あの大きな中国をはじめ世界中いたるところで水資源は慢性的に不足しています。

人間のカラダの70%は水でできています。体重50Kgの人間は30リットル以上の水を蓄えていなければ、恋も愛も語れず、シャンソンも歌えず、仕事も貯金も出来ず、ミミアリーナも着られず。

私が「水に感謝」する気持ちの一端、少し分かっていただけたでしょうか。機会があれば、また「水」のことをお話します。

木原光知子

(注:本文はミミ倶楽部2006年4月メッセージ)

「元気になるメッセージ」
2006年03月01日

睡魔と闘った、スイマーの皆さま!
トリノオリンピックへの応援ありがとうございました!
オリンピアンの一人として御礼を申し上げます。また、私たちに喜びや、悔しさ、鮮烈な感動を体験させてくれた日本チームの全員に大きな拍手、ありがとうの声援をお願いします。
彼らは競技の翌日から、次の4年後バンクーバーを目指して、日々厳しいトレーニングの場へ戻っていきます。日本チームの今後の躍進に向けて、引き続きの熱い応援「元気になるメッセージ」をよろしくお願いいたします。

純白に輝く「雪」、そして「氷」は「水」が氷結したものです。
氷雪のゲレンデ、リンクを勝負の場としている冬のオリンピックは、「水、プール」を勝負の場としてきた私に液体と固体の差はありますが、不思議な「つながり」を覚えさせます。
水は生きています、それにより様々なコンディションのプールがあるように、雪も氷も生きていて様々なゲレンデ、リンクのコンディションがあることでしょう。

大変興味深い実験があります。グラスに水を入れ、「悪意のある言葉」を投げかけます。その水を凍らせて顕微鏡を覗くと、本来の形ではない、ひどくバランスの悪い氷の結晶が誕生しているそうです。きっと小言や悪口の多いスタッフが作ったスケートリンクはタイムも悪くなるのではと想像してしまいす。
同じようにプールでもそうなるのかしら?気になりますね。
ワイン醸造でもモーツァルトを聞かせると、おいしいワインが出来るという不思議な話がありますね。私の大好きなワインも歴然と生き物ということです。

水やワインでさえ影響を受けるのですから、あたかも考える水筒のように身体に70%の水を蓄えている人間も「言葉」や「音楽」に対して脳や聴覚以外、カラダ全体、保有する「水」からも強い影響を受けているのでしょうか。
相手からのメッセージで一喜一憂、目の輝き、顔色、声のトーン、食欲まで違ってくるのはご存知の通りです。これに体内の水分の反応が無意識に影響しているのではと考えると、少々こわくなります。

そのように考えれば、何はともあれ、ご家族、お仲間、顔を合わす方たちには「元気になるメッセージ」を発信するようにしてはいかがでしょう。
自分のまわりを「言葉、会話、手紙、メール」で元気にしてみる。
今からチャレンジしてみてはいかがでしょう。
その結果を是非私にも教えてください。

木原光知子
(注:本文はミミ倶楽部2006年3月メッセージ)

寒い冬、「好奇心」からの贈り物
2006年02月01日

私の旺盛な好奇心は、突如として思いもかけず、かけがえのない心豊かな贈り物をしてくれる瞬間があります。
ホテルオークラで私が敬愛するスポーツ用品販売の女性社長さんと会食をした時のことです。「木原さん、上野にも素晴らしいところがありますよ」と何気なく言われたその一言が即座に私の好奇心に火をつけました。
「では、今から行きましょう!」ホテルの外は雪景色、分別のある大人であれば、「お足元も悪いようですから、またの機会にでも・・・」となるところですが・・・。
しんしんと降りしきる雪のなか、冬牡丹は雪除けのワラの囲いの中で、寒気に耐えながら、大輪の花を凛とした風情で咲き誇らせています。ここが大都会東京であることを忘れさせるような静寂につつまれた上野東照宮の境内です。 牡丹は、その枝振りと比べ、変化に富んだ豪華な花を咲かせることから、「富貴、繁栄」を表す縁起の良い花とされています。特に冬牡丹は春のものに比べると、花弁はやや小振りながら、その希少性などから、古来より新春を祝う壽華とされています。
雪景色の五重の塔、弁財天、不忍池を散策しながらお茶屋さんに入り、冷えた身体を甘酒で暖めながら、大人の東京の冬の愉しみかたを発見した心持です。
「情報」をきっかけにして、「行動」を起こす。その単純な行為が、思いもかけない素晴らしい1日をプレゼントしてくれる。この冬、皆さまもいかがですか?

ミミスイミングクラブ
代表 木原光知子

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上野東照宮ぼたん苑
期 間 : 平成12年1月1日~2月末日まで(期間中は、お休み無し)
時 間 : 午前9時30分~午後5時まで(入園締切り時間・4時30分)
拝観料 : 開苑20周年特別記念として、大人600円、団体500円(20名以上)、高校生400円、中学生以下は無料

健闘2006
2006年01月02日

あけまして、おめでとうございます。
今年も“にぎやかな年”になりそうです。
楽しく、自分らしく、充実した1年を過すために必要なものは?
それは、「闘えるカラダ」です。

会員の幸福と健康を創造する「ミミスイミングクラブ」のさらなる開発の毎日、クラブ代表としての闘えるカラダ。
女性スイマーの快適なスイミングライフをサポートするミミアリーナのさらなる開発の毎日、プランナーとしての闘えるカラダ。
5月、日本、そしてアジア・オセアニア地区で初めて開催される世界女性スポーツ会議への参加、タフなスピーカーとしての闘えるカラダ。
10月、ウーマンズ・スイム・フェスティバルは第10回目の意義ある節目を迎えます。同時に第11回に向けた更なる企画の開発がスタート、大会委員長としての闘えるカラダ。
日本水泳連盟特命担当理事として、TOL会長としての闘えるカラダ・・・。

すべての基本は“ココロを整え、カラダを整え”たことから得られる「闘えるカラダ」あってこそです。
どうぞ、皆様も「闘えるカラダ」づくりにチャレンジして下さい。
そして2006年を、“健闘”の年にしましょう。

木原光知子

追記
このキーワードを初めて提唱したのは1996年、ですから実に10年ぶりの再来になります。当時世界の海に追いかけたイルカやクジラ、彼らと共に泳ぐために必要なパワー、自然の荒々しさに自らを鼓舞し奮いたたせ、どんな逆境においても自分らしく生き抜くためのキーワード、それが「闘えるカラダ」でした。